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2019 / 05 / 03  11:29

新人ビジネス・リーダーいろは講;第8話:『知識と知恵』

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 ~弘法大師が詠んだ「いろは歌」を使ってビジネス社会で多くの成功体験を積むために~

 

「知識」と「智恵」とは違うのですね!?

 

 私の行っている新入社員研修・訓練を経験した人ならご理解されます。
「社会人への洗礼」なんて言って、かなりショッキングな教育・訓練をします。

 

「知る」「わかる」と「出来る」「出来た」はまったく違うのですね。
学校では99パーセント「知る」「わかる」で点数がつけられ順位がついてきたのです。

記憶力や計算力を基準に「良い子」「悪い子」がだいたい決定されてくるのですから、
・・・これは危険ですね!?

 

人間の能力はおおよそ140個ほどに分けることができるそうです。
しかし計測・測定できる可能な能力はたったの70個ほどだそうです。

「人の心を読んだり、先のことが予知できたり、スマイルを継続できるこころもち」など
は到底測ることなどできませんよね!?

 

「知識」というのはほとんど記憶力なんですね。

「知る」「わかる」の部分なんですね?ですから、多くの本を読んだり、人の話を聴いたり、

テレビや映画を観ることなどで、どんどん知識は増えてきます。

 

この世の中は何事においても差がつく、差がつけられるのだということは当たり前なので
すね!?

 

ここに「カラス」と「カモメ」を連れてきます。
ほとんどの人は無意識に「カモメ」はかわいいとか「好きだ」とかいいます。

 

「カラス」には申し訳ないのですが、大多数の人が「嫌やだ」と発言します。
なぜと言われて、理屈で説明できる人はそんなにいないのです。

 

でも、マスコミに時たま取り上げられるカラスで「利巧なカラス」がいますよね?
そのカラスは、ほほ笑ましい動作をしたりするからなのです!
最近の動物園ではいろいろな動物が調教されて物見にされていますが・・・、さすがに
カラスが飼育されたり、調教されたりはないです(^^;

 

なにが言いたいかって?
どんな見栄え・外見でも「好まれる特徴」を持つ知恵があると、いいのだということなの
です。

 

少し話がそれます。
人は「感じる」から動くのです!
辞書に「理動」と言う言葉がないのは「人は理屈では動かないんだ!」という証拠なのです。

どんなに理由や理屈をつけても、結局は納得と感じたからこそ気持ちよく一所懸命に人は
頑張るのです!

 

とにかく人は無意識に「奇麗な人」とか「感じのいい人」とかを感じるのです。
それは別名「差別」なのです。

 

「差別・差別」と叫んでいる人だって、食べるもの着るものを選んでいるはずです。
それだって「差別」をしていることなのです!

すなわち、人は皆んな比較する対象があると優劣をつけるのです!
とりもなおさず差をつけているのです!

 

だから、世の中に競争が発生します。

この競争によって、今までの発明や発見を人間にさせてきたのです。
品物の品質が良くなったり、サービスが良くなったり、おいしくなったり、使い勝手が

良くなったりするのはみんな競争のおかげだといっても過言ではないと思います。

 

「発明」や「発見」、「勇気」や「努力」はすべて『智恵』が発揮できたからなのです。
そして、これらの後押しをしているのは「人さまに喜んでいただこうとする心」のように
思います。

 

人から賞賛されたいという心も「正常な智恵」なのです!
全部、「智恵の源泉」なのです。

 

この必要な「智恵の出方」は、多くの過去からの先人・先達が発見・発明した原理・原則、
定石、経験則などの「知識」の量によって差がでてくるのですね!?

やっぱり「智恵のある人」は「多くの知識」を体系的に持っているようなのです!

 

でもご安心あれ! 
この「多くの知識」のこれまたほとんどは社会人になってから持ち合せるのです。

 

人は、多くの難題にぶつかったとき、その時その時に「智恵」が必要となってきます。
そんな場面に出くわすと「問題意識」が芽生えます。
この「問題意識」が、積極的に多くの「知識」を得ようとするようになります。

そして「意識の深まり」と「知識の蓄積量」がある点に達しますと(これを専門的に臨界
点、もしくは閾値と呼ぶそうです)周りの人々もビックリするくらいのことをしはじめた
り、新しいやりかたを発見したりするようになります。
もちろんヘコタレたりもしなくなります。
最後までやる勇気も備ります。

 

もっとすごいことは、自分の「知らない」、「できない」ことを素直に認めることができ
るようになります。
だから、「知らない」ことや「できない」ことを周囲の人の力に頼るようになれるのです!

 

また自分の手に追えないことがらについて「知る人」「できる人」を探しはじめるのです。
いままで以上に真剣に探しはじめるのです。

ついに、その人に出くわすんです。その人を師と仰ぐことができるのです。

 

吉川英治さんが「人皆我が師」とおっしゃっているとおりになるのです。

不思議なことに、その師は「我が子」であったり「自分の後輩・部下」であったりする
ことが多いようなのです。

 

もっとあります!
今まで見慣れてきた風景が、ものすごく奇麗に美しく見えてくるのです!
自然界がこんなにもスゴイものかと本当にびっくりするのです!
幸せいっぱいでいつも笑顔でおられるようになるのです!

「智恵のある人」は顔に顕れるようです。

 

言葉にも顕れます。

 

行動にもあらわれます。

 

「智恵のある人」はまるで何でも知っているような、何でもできるようなガッシリとした
重みと包容力を感じさせます。
セコセコしていません!
そばにいるだけで安心ですね。
少しでもいいから、そんな人に近付きたいですね!

 

ありがとうございました。

 

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2019 / 05 / 03  11:28

新人ビジネス・リーダーいろは講;第7話:『徳を積む』

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~弘法大師が詠んだ「いろは歌」を使ってビジネス社会で多くの成功体験を積むために~

 

「徳を積む」ということはどういうことでなんしょうかね?
積むということですから長年に渡って行うことには違いないでしょう!

 

昔といってもそんなに昔ではありませんが、小生はある人からこんなことを言われたこと
があります。
「50才まで収穫を求めたらダメですよ! 徳を積まずに報酬を期待することだけは
しないことですよ!」

 

最近よく頭の中に浮んでくるのです。
その方は、こんなことも言いました。
「20才台は体で汗をかいてみるんです。30才台は頭と体で汗をかくのです。
 40才台は頭で汗をかいて、後輩に体を使ってもらうのです。
 そうしたら50才台になったら実が成るのです!」

 

なんだか元NHK名物アナウンサー鈴木健二さんの本の中に書かれていることとそっくり
なのですね。

 

しかし、最後にこうも言われました。
「徳という字は、人々へん(ぎょうにんべん)に、四方八方に心を配ることなんですよ!
 気を使うのではなく、気を配ることなんですよ!」

 

私は、現在68才ですから、まだまだ生意気なことを言うべきではないと思うのですが
・・・今回はお許し下さい。

 

最近、どうも「働けど、働けど・・・我が暮し楽に成らず~(^^;」という人々に共通の
問題点を発見することがあります。

 

もちろん、この共通点が最大の原因かどうかはまだ実証はできていません。
しかし、どうも共通することがあるのです!
それは苦労の多い人は「徳を積む」ということに不慣れではないのかなぁと思うことなの
です。

 

先程の説明の通りだとしますと、
「見返りをあまりにも早く期待しすぎるため」
ということが一つ、そして、もう一つは、
「気使いは多いが、気配りが少ない」
ということが原因ではないかということに行き当たったのです。

 

たとえば、ちょっと何かができるようになったり、ちょっと実績が上がったりしますと、
すぐ評価と一緒に賃金(報酬)への反映を求める人が意外と多いのですね!?

 

ところが、そういう人ほどうまくいかないことがあると人のせいにしたり、言い訳、弁解
・弁明が多いのですね!
だから、このような人は「人一倍失敗」を恐れますね。
いつも、『誰かから、何か言われはしないか?』と周囲に気を使っているのですね。
恐らく、一日が終わったら精神的にグッタリと疲れているんではないかと思います。

 

また、彼等は他人のほんの些細な言葉に対して好意を持ってその意味を受け取ることが
苦手ですね。
チョットした言葉が「私のこと、このように悪く見ている!」と勝手に解釈してしまうの
です。

 

私は、自慢ではないですがカン(感・勘)がいいものですから、・・・そのようなタイプ
の人(『徳』を積んでいない、積めない人)を一目見て発見することができます。

どんな人かといいますと。

 

まず「挨拶」がまともにできませんね!
「人の目を見ること」ができないですね!

 

そして、先手で挨拶することを苦手にしますね!
「挨拶」という本当の意味は『心を開いて相手に迫る』のだそうです。
人の輪に入れない人は、自分から近付いていこうとしませんね。

 

つぎに「どうせ・・・」とか、「なるようにしかならいさ・・・」、「でも・・・」が口癖
であったり、人の不幸や失敗が自分にとって最も快感であるような振舞をしますね(^^;

 

また、面白いほど「完全」とか「絶対」とか、「もう一分一秒も無駄にできない!」とか、
ひたすら自身が頑張っているんだという表現・言葉を多用します。

 

もう一つ、何をやらせても・・・肩でハァハァ息をする仕草で、自身の大変さを強調しよ
うとする。

 

この程度でと思われる課題をやらせて上手くいっても「もう死ぬほど大変だったぁ~!」
なんて風な言動をとります。
たぶん、自分の同類が見つけてそれを歓迎したいからなんでしょうね!?

 

せっかく多くの能力がありながら、その「伝家の宝刀」をいつもチラツカせてばかり、
人を寄せつけない人が多くいます。

 

もちろん、人が寄ってこない、評価しないのですから・・・自分の器に「人が」、「お金
が」、「物が」入ってこないのです!

 

『器の大きい』『器の小さい』という言葉は簡単に理解できます。

逆に『徳』を積んでいる人の共通するところはといいますと、まず『感謝』しますね!?
ちょっとした出来事にも『感動』しますね!?
周囲の人々のお陰様を心から感謝しますね!?

 

そして、口癖は「ハイっ、よろこんで!」が圧倒的に多いですね!?

また周囲の誰に対しても遠慮なく、
「うれしかったこと」
「有り難いこと」
「うまくいったこと」
を伝えようとしますね!

 

もちろん、ダメな人には残念ながら自慢話に聞こえてしまうのですけれど・・・。

それから人の過ちを大きな心で許すことができる『寛容』さが、『徳のある人』は持って
いますね!?

 

『慈悲深い』と言ってもいいでしょう。

自分が来た道は、子供や後輩も同じように歩んでゆくのです!
先輩や年配の人達と同じ道をこれからも歩んでゆくのですから、また同じことを自分も
するかもしれませんね!?

 

『子供叱るな来た道じゃもの、年寄り笑うな行く道じゃもの』

 

ありがとうございました。

 

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2019 / 05 / 03  11:26

新人ビジネス・リーダーいろは講;第6話;『変化する』

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~弘法大師が詠んだ「いろは歌」を使ってビジネス社会で多くの成功体験を積むために~

 

変化するということについてお話します。

 

私たち人間の変化ということについて考えてみたいと思います。

一般的に私たちは結婚すると愛の結晶として子供を得ます。
その子供の変化を観てゆきましょう。
まず、「オギャァー」と赤ん坊が産れてからです。

赤ん坊の生まれたての姿は実にお猿さんそっくりですね(^^;

 

しかし、お祝いに駆け付けてくれる人は、
「まぁ、お父様に似て可愛らしいこと~(^o^)」などとお世辞を言ってくれるのですね・・・。
不思議と「お母様に似てうんぬん」のお世辞は少ないですね!?
最初の赤ん坊ができたときと結婚式の時だけは、ほとんどどんな人でも最大のお世辞を言ってくれます!

ちょっと脱線しました。

 

生まれたばかりの赤ん坊を見たとき、いささかこれからうまく育ててゆくために不安を覚えるものです。
 (さだまさしさんの親父の一番長い日という歌詞にも・・・)
しかし心配した赤ん坊も毎日・毎日、顔かたちが変ってきます。

 

だんだん、自分たちに本当に似てきます(たまには、本当にもっと心配になってくる人もいますが・・・)。

赤ちゃんの目が開きますと、赤ん坊はいろんなところを見るようになります。
こっちと視線が合ったりしようものなら、私たちは一所懸命になって話しかけたり、あやしたりしますよね!?
そして、バブバブ言いはじめ、手をあっちに動かしたり、こっちに持って来たりするうちにハイハイが始ります。
そのうち、おでこをタンスにぶつけたり、縁側から落っこちたりしながらついには立ち上がります。

 

たった1年でものすごい変化をしますね!?
そのあと、徐々にお話もできるようになってきます。同時に、行動半径もどんどん広くなってきます。

 

3才までに、それはそれはすごいスピードで変化成長してゆきます。

私たちは、この時期のことを「目が離せない」と言った表現を使います。
この言葉は心底から親が子に使う愛情の表現ですよね!?

「人間というのは生まれてから3才までで親孝行を終えている」といわれます。

 

残念ながら私たちは、どうも子供が大きくなってから親孝行するものだと勝手に決めてしまうようです。
本当の親孝行は愛情を持って接する気持ちを教えてくれることであり、その最もすばらしい言動が赤ん坊時代で

はないでしょうか?

 

その後の子供の成長の姿は、親にとっては付録みたいなものです。
親のエゴで子供に過大な期待や孝行の押し付けをしているだけではないでしょうか?
ハタで見ていますときれいなものではありませんよね!?

 

子供は徐々に大人へと成長して行きます。

この過程において、子供は肉体的にも精神的にも色々と変化して行きます。
女の子などは肉体的変化がハッキリ表れてくる時期がありますね。
小生にも、すでに孫を持つ娘がいますから実感としてわかるのですが、本当に父親などは目のやり場を

なくしますよね(^^;

 

短時間・短期間のうちに変化がありますと私たちは確実にそのことに注視・注目します。
これは人間に限ったことではなく、すべての動物は動くもの、変化することに注視・注目する神経が

あるはずなのです!

『変化は他を注視・注目させる』ということを良く理解しておくことが大切です!

 

その変化は『プラスの変化』であるべきです。
ちょうど私たちが赤ん坊のときにやっていた変化のようにです。
このような『プラスの変化』は周囲の人から愛しく思われます。

 

私たちは他人を愛しく感じる時、無視できません。
不思議と私たちは、そんなプラスの変化をする人が喜ぶことをいろいろとしてあげたくなりますよね!?

いつも幸せな笑顔で過ごしている人のそばにいますと、ほっとしますよね!? 本当にホンワカ暖かいものです。

 

ここが重要です!
幸せな人は、いろいろな人の力を借りることが素直にできます。
それ以上に他人が放っておかないものです。
それは、その人が愛されるからではないでしょうか!?
そして、その理由はいつも『プラスの変化』をしつつ、なおかつ他人の『プラスの変化』を手助けするのために

尽くしているからです。

 

『マイナスの変化』は多くの人を遠ざけます。
 近付く人は例外なく同類で、お互い傷のなめ合うことで、「誰が悪い!」「誰々のせいだ!」「社会が悪い!」

「先生が悪い!」「上司、会社が悪い!」、はたまた「親が悪い(^^;」・・・・こんなことに時間を費やし、

生産性のある時間をつくることがないようです。

 

『プラスの変化』は世の中を高い位置から、広く深くハッキリと見せてくれます。
いつも自分はどのように変化しているか見つめてみるのがいいのではないでしょうか?
なんか、・・・つまらない、・・・ボヤーッとした、・・・マンネリズムな毎日になってしまっていると感じるなら、

いま自分は『変化』をしているのだろうか? と自問自答してみるのも大切です!

 

ありがとうございました。

 

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2019 / 05 / 03  11:24

新人ビジネス・リーダーいろは講;第5話;『誇り』

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~弘法大師が詠んだ「いろは歌」を使ってビジネス社会で多くの成功体験を積むために~

 

『誇れる人生』というのがあるように思うんです。
もちろん、自分に対して誇るというのは何か変ですよね。

『誇れる』という言葉を使う場合は、本来、自分のしていることが自分以外の人との違い
があるからなんですね。

 

「これでも誇りをもっているんだ!」と強がりで言う人がいますが、ご承知のようにそれ
はただの「負け犬発言」なのですね。

 

『エバル(威張る)人』は、残念ながらずいぶんと私たちの周囲にいますね。
ちょっと、偉くなったり、お金持ちになったりすると偉そうにする人がいます。政治家や
役人、成金に多いですよね。

 

『誇れる』ことと『エバル』こととはまったく違います。

 

さて、皆さん、一度落ち着いて自分の事、自分の周りのことを見渡してみましょう。
そして、人に『誇れる』ことをありったけ列挙して紙に書出してみましょう。
自分自身のことですから、人に見せるわけでありません。思い切って書いてみて下さい。
でも、注意して頂きたいことがあります。

 

『自慢』することももちろん『誇れる』ことに外ならないのですが度を越しますと、それ
はやっぱり『エバル』ことになってしまいます。

 

いかがですか、どれくらい出ましたでしょうか?
「いや、そんなこと言ったて出ませんよ~! また、なにも誇る必要なんか無いじゃあり
ませんか! それこそエバッてどうなるんですか!?」
などと反発する人がいるんですよね。

 

まぁ、もちろん私のひとりよがりな考え方かもしれませんので強要はしませんがねぇ~(^^;

 

私はいつもみなさんに、『人生は1回キリだ』と言っております。
私たちは、本当に何をしに生まれてきたのでしょう?
何をするために活かされているんでしょう?

 

どうも私は、「何かの理由」があって生まれてきたんだと考えるんです。それはほとんど
確信のように思っております。

 

私を育ててくれた、・・・くれている・・・すべての(例外なしに)人生の諸先輩は『生
まれてきたことに理由、意義がある』とおっしゃいます。
難しいことを言いますと、私の多くの師は、それを『輪廻(りんね)』だとおっしゃるん
です。

 

『輪廻』とは仏教の用語なのですが、私たちは竜巻きのように「人間界」と「仏界」を
行きつ帰りつしながら、繰り返し繰り返し必ず良い方向に生成発展しているのだそうです。

残念ながら、「人間界」と「畜生界」を輪廻する人もいるそうです。
「仏」というのは悟った人のこと、「畜生」というのはもがき苦しんでいる人のことです。

「人間界」においては、「仏界」から来ようとも「畜生界」から来ようとも『人生』すな
わち「人間の一生」は、ただただ修業らしいのです。その修業をするために与えられる
時間が『人生』なんだと考えるわけです。

 

どうも、仏教を押しつけようとしているなと感じられるでしょうね!?
ご承知のように『人生』の意義を考えることを「哲学」といいます。

「哲学」と「宗教」は全く同じなんです!
超一流の科学者の行き着くところは「哲学」「宗教」ですね。
たとえば、ノーベル賞を日本で最初に獲った湯川秀樹博士がこんなことをおっしゃていま
すね。
 「現実は痛切である。あらゆる甘さが排斥される。  
  現実は予想できぬ豹変(空)をする。あらゆる平衡は早晩打破される。
  現実は複雑である。あらゆる早合点は禁物である。
  それにもかかわらず、現実はその根底において常に簡単な法則に 従って動いているので
  ある。達人のみが、それを洞察する」

 

「修行のための人生」を有効に使うと『輪廻』のサイクルでは1ランク上がるようです。
 誰がそんなこと決めるのか?・・・って。

 

たぶん、自分を造ってくれた誰かだと思うんですが・・・。
特に「人間界」と「畜生界」を輪廻している者にとっては、その人生の行いのなかで評価
できる修業を成し遂げた場合、今度は「仏界」との往復に変るらしいのです。

 

ちょっと変な話をしてしまいました。
私は「本当に『誇れる』ということは、自分の人生を何のために使うかハッキリと認識し
ていることだと思っています。

 

その『何のために』ということの「何」に入れるべき言葉を知っていること、そのための
努力を確実にやっていることが『誇り』だと思うのです。

生意気なようですが、私の『何』には『人』を入れるようにしております。

 

もう少し具体的に入れるとしますと『人を育てる、人を活かすために』となります。

ほとんどの生き物は、子孫繁栄のために子供を造ります。
自然現象で「あら、出来ちゃった」という人もありましょうが、子供を持つことこそ『人
を育てる格好のチャンスを与えられている』ことに外なりません。もちろん誠に残念なこ
とですが、お子様に恵まれない方もおいでです。

 

社会人になれば、組織の中で部下や後輩を持つようになります。
部下や後輩のこれからのために、いままで自分が培ってきたことを伝えてゆく、教えてゆ
くことは絶対に誇っていいことですね。

 

自然界が、人間社会がより「豊かに」「幸せに」なるための発明をすること、もっとうま
くいくよういろいろな工夫をし、より効率よく、より能率良くなる仕組みを考えることも世のため人のため」ですよね!?
観戦・観賞に来た人たちに感動を与えるスポーツや観劇・観賞にきた聴衆を楽しくさせる
演劇や音楽も「世のため人のため」になりますよね!?
絵画や彫刻、小説や詩も全部同じですね。掃除、洗濯、清掃すること、美味しい食べ物を
つくること、家を建てたり、道路や橋を造ったりすること、病気の人を治したり・・・、もう一つ一つ数え上げたら切りがないくらい「世のため人のため」になることはあります。

 

今これから、自分が「世のため人のため」になる意義を見出し、それを一所懸命やって行
こうと自覚することを私は「職業観」と呼んでおります。そのことがとりもなおさず『誇
り』をもつことなのですね。

 

企業組織には同じように計り知れない多くのやらねばならないことがあり、それは時と共
に確実に増え続けてゆきます。その一つ一つの課題・仕事には、その意義・目的が必ずあ
るわけです。
ですから、与えられるすべての仕事はどれも優劣をつけることができないくらい重要なの
ですね。

 

「働く」という言葉は、「ハタ(周囲の人々)を楽にさせること」なのです。
今、自分のやっていることがやっぱり間違いなく「世のため人のため」であるわけです。
どれもこれも、考え方・感じ方によって「辛かったり・苦しかったり」しますが、修行な
んだ、そして、自分の行為によって多くの人々に喜んでもらえるんだと考え、一本筋を貫
いてみてはいかがでしょう?

 

「辛」のてっぺんの点に「一」を入れてみてください。
「幸」という字に変わったでしょう?!
こうなれば自分の人生『誇れる』でしょう!?

 

ついでなんですが、成長のための痛みを持つことを「ペイン・オブ・グロウス」と言うの
です。

 

そうなのです!

 

生けとし活きるもの皆んな、ほとんど平等にその一生に課題・チャンスを与えられるんです。
それは「誇って」もいいものばかりなのですね!

「なんだ、人生ってつまらないなぁ!大変なんだ!」とおっしゃらないで下さい。
修業中にだって休憩もあれば、リクレーションだってやっていいのですよ。
飲んだって、歌ったっていいのですよ。
ちゃんと息抜きをさせてくれる時間をいっぱい与えられているのです。
それは間違いないでしょう?
ただ遊ぶだけでは『誇れない』ですけれどね。

 

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2019 / 05 / 03  11:20

新人ビジネス・リーダーいろは講;第4話;『人間』

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 ~弘法大師が詠んだ「いろは歌」を使ってビジネス社会で多くの成功体験を積むために~

 

 

今日は、3月11日;東日本大震災の起こった日です。畏敬と鎮魂の一日とします。

『人間』というのを考えてみましょう。

もちろん、私が『人間』を大上段に論じる資格があるわけありません。
私のような若輩者がああだ! こうだ! と生意気なことをいうことは本来憚らなくては
なりません。

でも少しだけ偉そうなことを話させて下さい。

 『人間』というタイトルでお話をすると、なんだか学校で『倫理』や『道徳』の勉強を
するような言い方ですがチョッとご辛抱下さい。

『人間』とは「人の間」と書くのですから、ただの人のことを考えるという訳にはいきま
せんね!?
私とあなたがいるとしますと必ず私とあなたとの「間」がありますよね!?
もちろん、その「間」に存在するのは、たとえば空気です。
でも、それだけではないような気がするでしょう? 

なにかあるようですよね!?

私は、その「人の間」にあるものこそ『人と人に対する心』じゃないかという気がするの
です。

その『人と人に対する心』を考えてゆく上で、『人間』ということを考えてゆくのが最も

大切なことだと思うのです。

私たちは、テレビ、ラジオ、演劇などを見て、そして雑誌や小説などを読んで感動するこ
とがいっぱいありますね!?

自然界の雄大さに感動したりもしますが、人と人との『心』のふれ合いを描いた作品には
実に多くの感動を与えるものがあります。
それほど、人と私の間にある何かが感動を与えてくれるのです。 

もちろん、その逆もあります!
不快に思わせるものもあります。
でも、ここは感動だけに絞って考えてゆきたいと思います。

さて、私たちが人の言動から感動した経験を思い起こしてみますと、ひとつには「優しく
された」ということがあるのではないでしょうか。

次に高校野球などで優勝したチームの選手や監督・コーチ、そして応援している学校の
関係者がうれし涙を流しているあの姿に一緒になって感激、感動することは良くあります
よね。

そして最も身近なことですと、自分の努力が実り、成功したときも感動しますよね。

私がお手伝いする研修の中に『人生設計セミナー』なるものがあります。

そのカリキュラムの中に『私の理想的な2日間』というのがあります。
IMC管理者研修を受講された方ならご存じです。
「もしあなたの命があと余すところ2日間(48時間)であったら(もちろん仮にです)、
残された48時間をどのように使うか?」という課題に対して作文を作っていただくもの
です。

もちろん自分の人生設計をそれなりに設計し、これからこうして行こうということが見え
始めた人にだけやっていただく課題です。

ほとんどの人が自身の作文で、この2日間を自分勝手に刹那的(せつなてき:一時の事だ
けに快楽を求める)に生きようとはしません!
いつも彼らの作文を読ませていただきますと本当に嬉しくなるのです。
99%以上の人がこの2日間を、いままでお世話になった人に対して感謝するための時間
に費やしたり、いままで苦労をかけた人や心配、迷惑をかけた人へのお詫びのための時間
に使おうとされます。
作文を読ませていただいてるうちにホロッと涙してしまうことが多々あります。

私は、この課題に取組む人がほんとうに『人間』を感じているんだなと思います。
決して、一人ではないんだなぁと改めて感じ入りますね。

『人間』は、お互いに支え合っている関係だなと思います。

ご存じのように『人』という字は互に支え合っている、つっかえ棒になっている姿ですね。

社会や会社の組織は色々な人がいて、お互いに支え合っている。
なんでもかんでも自分がやるなんていう仕事はひとつとしてありません。
多くの人から助けられて、助け合いながら皆んな仕事をこなしてゆけるんじゃないでしょ
うか!?

家に帰れば、家族が支え合っている。
遊びの世界でも人の力によって楽しむことが出来る。

「世の中、決して一人じゃないんだ」ということが理解できますと何に対しても『感謝』
しないわけにいきませんよ!

こうして私がこのブログを書かせていただいているのだって、「ブログ」というものがが
この世に存在しているからなのです!

このブログを作成し、ホームページにアップするのには、コンピューターやアプリケーシ
ョン、インターネットを構築している数え切れないプロバイダー、ネットワーク技術など
などを開発してきたものすごい数の先人・先達や、たった今、それらに携わっている技術
者の皆さんのお陰があってこそなのです!

自らの「人生設計」をたててみますと、『人間』っていうのが観えてくるのです。
私は多くの『人間』を観る仲間と生きています。

多くの企業でお手伝いさせていただく研修は、全部この辺が中心になっています。
機会がありましたら、ぜひ、ご一緒に勉強しませんか!

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