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2021 / 09 / 20  13:32

新ビジネス・リーダーいろは講;第8講:『知識と知恵』

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【中国;九寨溝です!】

 

第8講:『知識と知恵』

 

「知識」と「智恵」とは違うのですね!?

 

 私の行っている新入社員研修・訓練を経験した人ならご理解されます。

「社会人への洗礼」なんて言って、かなりショッキングな教育・訓練をします。

 

「知る」「わかる」と「出来る」「出来た」はまったく違うのですね。

学校では99パーセント「知る」「わかる」で点数がつけられ順位がついてきたのです。

 

記憶力や計算力を基準に「良い子」「悪い子」がだいたい決定されてくるのですから、・

・・これは危険ですね!?

 

人間の能力はおおよそ140個ほどに分けることができるそうです。

しかし計測・測定できる可能な能力はたったの70個ほどだそうです。

 

「人の心を読んだり、先のことが予知できたり、スマイルを継続できるこころもち」など

は到底測ることなどできませんよね。

 

「知識」というのはほとんど記憶力なんですね。

「知る」「わかる」の部分なんですね?ですから、多くの本を読んだり、人の話を聴いた

り、テレビや映画を観ることなどでどんどん知識は増えてきます。

 

この世の中は何事においても差がつく、差がつけられるのだということは当たり前なので

すね!?

 

ここに「カラス」と「カモメ」を連れてきます。

ほとんどの人は無意識に「カモメ」はかわいいとか「好きだ」とかいいます。

「カラス」には申し訳ないのですが、大多数の人が「嫌やだ」と発言します。

なぜと言われて、理屈で説明できる人はそんなにいないのです。

 

でも、マスコミに時たま取り上げられるカラスで「利巧なカラス」がいますよね?

そのカラスは、ほほ笑ましい動作をしたりするからなのです!

最近の動物園ではいろいろな動物が調教されて物見にされていますが・・・、さすがに

カラスが飼育されたり、調教されたりはないです(^^;

 

なにが言いたいかって?

どんな見栄え・外見でも「好まれる特徴」を持つ知恵があると、いいのだということなの

です。

 

し話がそれます。

人は「感じる」から動くのです!

辞書に「理動」と言う言葉がないのは「人は理屈では動かないんだ!」という証拠なのです。

 

どんなに理由や理屈をつけても、結局は納得と感じたからこそ気持ちよく一所懸命に人は

頑張るのです!

 

とにかく人は無意識に「奇麗な人」とか「感じのいい人」とかを感じるのです。

それは別名「差別」なのです。

「差別・差別」と叫んでいる人だって、食べるもの着るものを選んでいるはずです。

それだって「差別」をしていることなのです。

 

すなわち、人は皆んな比較する対象があると優劣をつけるのです!

とりもなおさず差をつけているのです!

だから、世の中に競争が発生します。

 

この競争によって、今までの発明や発見を人間にさせてきたのです。

品物の品質が良くなったり、サービスが良くなったり、おいしくなったり、使い勝手が

良くなったりするのはみんな競争のおかげだといっても過言ではないと思います。

 

「発明」や「発見」、「勇気」や「努力」はすべて『智恵』が発揮できたからなのです。

そして、これらの後押しをしているのは「人さまに喜んでいただこうとする心」のように

思います。

 

人から賞賛されたいという心も「正常な智恵」なのです!

全部、「智恵の源泉」なのです。

 

この必要な「智恵の出方」は、多くの過去からの先人・先達が発見・発明した原理・原則、

定石、経験則などの「知識」の量によって差がでてくるのですね!?

 

やっぱり「智恵のある人」は「多くの知識」を体系的に持っているようなのです!

 

でもご安心あれ! 

この「多くの知識」のこれまたほとんどは社会人になってから持ち合せるのです。

 

人は、多くの難題にぶつかったとき、その時その時に「智恵」が必要となってきます。

そんな場面に出くわすと「問題意識」が芽生えます。

この「問題意識」が、積極的に多くの「知識」を得ようとするようになります。

 

そして「意識の深まり」と「知識の蓄積量」がある点に達しますと(これを専門的に臨界

点、もしくは閾値と呼ぶそうです)周りの人々もビックリするくらいのことをしはじめた

り、新しいやりかたを発見したりするようになります。

もちろんヘコタレたりもしなくなります。

最後までやる勇気も備ります。

 

もっとすごいことは、自分の「知らない」、「できない」ことを素直に認めることができ

るようになります。

だから、「知らない」ことや「できない」ことを周囲の人の力に頼るようになれるのです。

 

また自分の手に追えないことがらについて「知る人」「できる人」を探しはじめるのです。

いままで以上に真剣に探しはじめるのです。

 

ついに、その人に出くわすんです。その人を師と仰ぐことができるのです。

吉川英治さんが「人皆我が師」とおっしゃっているとおりになるのです。

 

不思議なことに、その師は「我が子」であったり「自分の後輩・部下」であったりする

ことが多いようなのです。

 

もっとあります!

今まで見慣れてきた風景が、ものすごく奇麗に美しく見えてくるのです!

自然界がこんなにもスゴイものかと本当にびっくりするのです!

幸せいっぱいでいつも笑顔でおられるようになるのです!

 

「智恵のある人」は顔に顕れるようです。

言葉にも顕れます。

行動にもあらわれます。

 

「智恵のある人」はまるで何でも知っているような、何でもできるようなガッシリとした

重みと包容力を感じさせます。

セコセコしていません!

そばにいるだけで安心ですね。

少しでもいいから、そんな人に近付きたいですね!

 

ありがとうございました。

 

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2021 / 09 / 13  08:22

令和3年ビジネス・リーダーいろは講;第7講:『徳を積む』

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【中国観光名所;九寨溝です】

第7講:『徳を積む』

 

「徳を積む」ということはどういうことでなんしょうかね?

積むということですから長年に渡って行うことには違いないでしょう!

 

昔といってもそんなに昔ではありませんが、小生はある人からこんなことを言われたことがありま

す。

「50才まで収穫を求めたらダメですよ! 徳を積まずに報酬を期待することだけはしないことで

 すよ!」

 

最近よく頭の中に浮んでくるのです。

その方はこんなことも言いました。

「20才台は体で汗をかいてみるんです。30才台は頭と体で汗をかくのです。40才台は頭で

 汗をかいて、後輩に体を使ってもらうのです。そうしたら50才台になったら実が成るのです!」

 

なんだか元NHK名物アナウンサー鈴木健二さんの本の中に書かれていることとそっくりなのですね。

しかし、最後にこうも言われました。

「徳という字は、人々へん(ぎょうにんべん)に、四方八方に心を配ることなんですよ!

 気を使うのではなく、気を配ることなんですよ!」

 

私は、現在70才ですから、まだまだ生意気なことを言うべきではないと思うのですが・・・

今回はお許し下さい。

 

最近、どうも「働けど、働けど・・・我が暮し楽に成らず~(^^;」という人々に共通の問題点を

発見することがあります。

もちろん、この共通点が最大の原因かどうかはまだ実証はできていません。

しかし、どうも共通することがあるのです!

それは苦労の多い人は「徳を積む」ということに不慣れではないのかなぁと思うことなのです。

 

先程の説明の通りだとしますと、

「見返りをあまりにも早く期待しすぎるため」

ということが一つ、そして、もう一つは、

「気使いは多いが、気配りが少ない」

ということが原因ではないかということに行き当たったのです。

 

たとえば、ちょっと何かができるようになったり、ちょっと実績が上がったりしますと、すぐ評価

と一緒に賃金(報酬)への反映を求める人が意外と多いのですね!?

ところが、そういう人ほどうまくいかないことがあると人のせいにしたり、言い訳、弁解・弁明が

多いのですね!

だから、このような人は「人一倍失敗」を恐れますね。

いつも、『誰かから、何か言われはしないか?』と周囲に気を使っているのですね。

恐らく、一日が終わったら精神的にグッタリと疲れているんではないかと思います。

 

また、彼等は他人のほんの些細な言葉に対して好意を持ってその意味を受け取ることが苦手ですね。

チョットした言葉が「私のこと、このように悪く見ている!」と勝手に解釈してしまうのです。

 

私は、自慢ではないですがカン(感・勘)がいいものですから、・・・そのようなタイプの人(『徳』

を積んでいない、積めない人)を一目見て発見することができます。

 

どんな人かといいますと。

まず「挨拶」がまともにできませんね!

「人の目を見ること」ができないですね!

そして、先手で挨拶することを苦手にしますね!

「挨拶」という本当の意味は『心を開いて相手に迫る』のだそうです。

人の輪に入れない人は、自分から近付いていこうとしませんね。

 

つぎに「どうせ・・・」とか、「なるようにしかならいさ・・・」、「でも・・・」が口癖であった

り、人の不幸や失敗が自分にとって最も快感であるような振舞をしますね(^^;

 

また、面白いほど「完全」とか「絶対」とか、「もう一分一秒も無駄にできない!」とか、ひたす

ら自身が頑張っているんだという表現・言葉を多用します。

 

もう一つ、何をやらせても・・・肩でハァハァ息をする仕草で、自身の大変さを強調しようとする。

この程度でと思われる課題をやらせて上手くいっても「もう死ぬほど大変だったぁ~!」なんて

風な言動をとります。

たぶん、自分の同類が見つけてそれを歓迎したいからなんでしょうね!?

 

せっかく多くの能力がありながら、その「伝家の宝刀」をいつもチラツカせてばかり、人を寄せつ

けない人が多くいます。

もちろん、人が寄ってこない、評価しないのですから・・・自分の器に「人が」、「お金が」、「物

が」入ってこないのです!

『器の大きい』『器の小さい』という言葉は簡単に理解できます。

 

逆に『徳』を積んでいる人の共通するところはといいますと、

まず『感謝』しますね。

ちょっとした出来事にも『感動』しますね。

周囲の人々のお陰様を心から感謝しますね。

そして、口癖は「ハイっ、よろこんで!」が圧倒的に多いですね!

 

また周囲の誰に対しても遠慮なく、

「うれしかったこと」

「有り難いこと」

「うまくいったこと」

を伝えようとしますね!

もちろん、ダメな人には残念ながら自慢話に聞こえてしまうのですけれど・・・。

 

それから人の過ちを大きな心で許すことができる『寛容』さが、『徳のある人』は持っていますね!?

『慈悲深い』と言ってもいいでしょう。

 

自分が来た道は、子供や後輩も同じように歩んでゆくのです!

先輩や年配の人達と同じ道をこれからも歩んでゆくのですから、また同じことを自分もするかもし

れませんね!?

 

『子供叱るな来た道じゃもの、年寄り笑うな行く道じゃもの』

 

ありがとうございました。

 

いわき経営コンサルタント事務所の詳細は、

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2021 / 09 / 06  07:53

新ビジネス・リーダーいろは講:第6講;『変化する』

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【中国四川省;観光名所:黄龍です】

第6講;『変化する』

 

「変化する」ということについてお話します。

 

私たち人間の変化ということについて考えてみたいと思います。

一般的に私たちは結婚すると愛の結晶として子供を得ます。

その子供の変化を観てゆきましょう。

まず、「オギャァー」と赤ん坊が産れてからです。

赤ん坊の生まれたての姿は実にお猿さんそっくりですね(^^;

しかし、お祝いに駆け付けてくれる人は、

「まぁ、お父様に似て可愛らしいこと~(^o^)」

などとお世辞を言ってくれるのですね・・・。

不思議と「お母様に似てうんぬん」のお世辞は少ないですね!?

最初の赤ん坊ができたときと結婚式の時だけは、ほとんどどんな人でも最大のお世辞を言ってくれ

ます!

 

ちょっと脱線しました。

生まれたばかりの赤ん坊を見たとき、いささかこれからうまく育ててゆくために不安を覚えるもの

です。

 (さだまさしさんの親父の一番長い日という歌詞にも・・・)

 

しかし心配した赤ん坊も毎日・毎日、顔かたちが変ってきます。

だんだん、自分たちに本当に似てきます(たまには、本当にもっと心配になってくる人もいますが

・・・)。

 

赤ちゃんの目が開きますと、赤ん坊はいろんなところを見るようになります。

こっちと視線が合ったりしようものなら、私たちは一所懸命になって話しかけたり、あやしたりし

ますよね!?

そして、バブバブ言いはじめ、手をあっちに動かしたり、こっちに持って来たりするうちにハイハ

イが始ります。

そのうち、おでこをタンスにぶつけたり、縁側から落っこちたりしながらついには立ち上がります。

 

たった1年でものすごい変化をしますね!?

そのあと、徐々にお話もできるようになってきます。同時に、行動半径もどんどん広くなってきま

す。

 

3才までに、それはそれはすごいスピードで変化成長してゆきます。

私たちは、この時期のことを「目が離せない」と言った表現を使います。

この言葉は心底から親が子に使う愛情の表現ですよね!?

 

「人間というのは生まれてから3才までで親孝行を終えている」といわれます。

残念ながら私たちは、どうも子供が大きくなってから親孝行するものだと勝手に決めてしまうよう

です。

本当の親孝行は愛情を持って接する気持ちを教えてくれることであり、その最もすばらしい言動が

赤ん坊時代ではないでしょうか?

その後の子供の成長の姿は、親にとっては付録みたいなものです。

親のエゴで子供に過大な期待や孝行の押し付けをしているだけではないでしょうか?

ハタで見ていますときれいなものではありませんよね!?

 

子供は徐々に大人へと成長して行きます。

この過程において、子供は肉体的にも精神的にも色々と変化して行きます。

女の子などは肉体的変化がハッキリ表れてくる時期がありますね。

小生にも、すでに孫を持つ娘がいますから実感としてわかるのですが、本当に父親などは目のやり

場をなくしますよね(^^;

 

短時間・短期間のうちに変化がありますと私たちは確実にそのことに注視・注目します。

これは人間に限ったことではなく、すべての動物は動くもの、変化することに注視・注目する神経

があるはずなのです!

 

『変化は他を注視・注目させる』ということを良く理解しておくことが大切です!

 

その変化は『プラスの変化』であるべきです。

ちょうど私たちが赤ん坊のときにやっていた変化のようにです。

このような『プラスの変化』は周囲の人から愛しく思われます。

私たちは他人を愛しく感じる時、無視できません。

不思議と私たちは、そんなプラスの変化をする人が喜ぶことをいろいろとしてあげたくなりますよ

ね!?

 

いつも幸せな笑顔で過ごしている人のそばにいますと、ほっとしますよね!? 

本当にホンワカ暖かいものです。

 

ここが重要です!

幸せな人は、いろいろな人の力を借りることが素直にできます。

それ以上に他人が放っておかないものです。

それは、その人が愛されるからではないでしょうか!?

そして、その理由はいつも『プラスの変化』をしつつ、なおかつ他人の『プラスの変化』を手助け

するのために尽くしているからです。

 

『マイナスの変化』は多くの人を遠ざけます。

 近付く人は例外なく同類で、お互い傷のなめ合うことで、「誰が悪い!」「誰々のせいだ!」「社

会が悪い!」「先生が悪い!」「上司、会社が悪い!」、はたまた「親が悪い(^^;」・・・・

こんなことに時間を費やし、生産性のある時間をつくることがないようです。

 

『プラスの変化』は世の中を高い位置から、広く深くハッキリと見せてくれます。

いつも自分はどのように変化しているか見つめてみるのがいいのではないでしょうか?

なんか、・・・つまらない、・・・ボヤーッとした、・・・マンネリズムな毎日になって

しまっていると感じるなら、いま自分は『変化』をしているのだろうか? と自問自答してみるの

も大切です!

 

ありがとうございました。

 

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2024.04.27 Saturday