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2019 / 05 / 03  11:32

新人ビジネス・リーダーいろは講;第10話:『盗む』

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『盗む』といったら、聞き捨てならないとおっしゃる方がいるのではないでしょうか?

 

何もドロボウのことについてお話をしようなどとは思っておりません。

もっと良い意味で、『盗む』という言葉を使ってゆきたいと思います。

 

たとえば、お手本となる人の「クセを盗む」「技術を盗む」といった言葉だといかがでで
しょう!?

 

お許しいただけますか?(^o^)

実はもっとすごいことを『盗んで』みたいのです。
それは『生き方を盗む』のです!

 

私たちは、どうも上手に生きて行くことを教わっていないのではないかなぁと思うのです。
だから、上手に生きている人からその『生き方を盗む』ことにしたいのです。

 

学校で、このような大事なことを教えてもらった記憶などないでしょう!?
なんだ~、じゃぁ~、『学ぶ』っていう言葉に変えればいいんじゃぁん! と言われるか
も知れません。

 

しかし『学ぶ』については、後日、もっと違った意味でお話してみたいのです。
それよりもやっぱり、『盗んで』みたいのです。

 

実は私は何を隠そう、過去に本当の『盗み』をしたことがあるのです。
「えっ、なんてふしだらで悪い人なんだよ! こんな人が人生をうんぬんと生意気な!」
とおっしゃるでしょうね。
いやいやゴメン!

 

初回の執筆にて断ったじゃありませんか! とっくに地獄におちる覚悟で執筆するって・・・!

 

私は団塊の世代の最後の方にいるのですね。
ちょうど朝鮮動乱が勃発し、日本が特需ブームに乗るころ生まれたのですね。

私は、京都生まれで、父親の仕事の関係ですぐに大阪に移り住みました。
最初は、大阪西区立売堀というところだったのですが、幼稚園に入る前、大阪市此花区と
いう場所に移転します。
ここは淀川の河口に近いところでした。
今のユニバーサル・スタジオがある近くです。

 

私の小さい頃は、まだそこいらじゅう・・・焼野原や戦災を受けたレンガづくりの瓦礫だ
らけになった建物があちこちにありました。
そこが男子供たちの遊び場でした。
世間並みに食べ物はあったのですが、まだまだ、充足しきれない時期でした。

 

私が「盗み」をしたのは、我が家の狭い台所でした。
関西、大阪や京都でのお使い物、頂き物は、ほとんど角砂糖と相場が決まっておりました。
母親の目を盗んで、その角砂糖を箱からつまみ出し口の中にいっぱい入れて、コソコソ
逃げ出して行くことをしましたねぇ~(^^)

 

学校帰りには、友達と近所のイチジクや柿、スイカをもぎ取って、一目散に逃げ、隠れ家
(自分たちで洞穴をつくりました)に三々五々集まり、衣服がベタベタになるほどガツガ
ツと食べたことがあります。

 

話せば尽きないほどです。

 

さて振返ってみますと『盗み』をする時というのは、実に緊張するのですね!
またその実行中というのは、ものすごく集中力(関西ではえげつなくって表現します)が
増すのです!
周りの音やかすかな動きにも敏感に反応するのです。
それはそれはいろいろな盗みの方法が瞬時に頭を過るのです。
すごい智恵も出るのです!

 

私は、このような経験をしておりますから、どうも「技術やテクニック、そして、陳列
・レイアウト」などを先進の企業や先輩から盗む時(といっても、事務所に侵入して図面
等を本当に窃盗してくるのではないですよ!)、すごいパワーが出るのです!

 

また根っから素直なものですから(自分でこう言うのをお許しください)、すごい発見を
するのです。
ビックリするようなことがいっぱいあるのです。

 

もし、そこの人に何かを教わろうとしているのなら、そこまで集中力が沸くことはないと
思います。
限られた時間内で多くの『盗み』をするのですから真剣になります。
その分短い時間で、ものすごい発見ややり方を収穫します。

 

優秀な職人さんは、みんな先輩の技を『盗む』らしいですね!?
そうしない人は、職人さんの世界には残ることができないらしいですね。

 

私はかつて、とある料亭の経営のお手伝いをしたことがあります。
県下一の料亭ですから、もちろん板前さんも一流です。
みんな一流の人に共通することは目が鋭いことですね。
長年に渡って多くのすばらしい技を盗んできたのですから、そうなるのも分りますね。
その鋭さにたまげて・・・後ずさりする人がいます。
一流人は、それをまた見抜くから・・・(^^;

 

みなさんもご存じのアメリカ初代大統領エイブラハム・リンカーンは、
 「人は四十歳になったら、自分の顔に責任を持ちなさい!」
とおっしゃいましたね!?

 

多くの成功した人達や世の中に貢献した人々をじっくり見ておりますと、ところところ
で目がキッとなるところがあります。こんど良くご覧ください。

真剣に人生を生きてゆくためには、いままでやったことのない事、知らない事にいっぱい
出くわします。

 

人から手とり足とりされ教わることは、相手の都合がありますからそう簡単ではありません。
鋭い問題意識と吸収しようとする気持ちは『物事の本質や最高効率の技を心底盗もう!』
という気にさせるものです。

『盗み心』は神経を周囲に配る習慣を養うものです。

 

もちろん、刑事事件になるような『盗み』だけは実行しないでくださいね!
今の自分の技術や経験を多くの先輩・先達から『盗む』姿勢が仕事にも良い影響を与えて
行きますし、自分の能力開発に確実に寄与するでしょう。

教えてもらえないのではなく、教わろう、学ぼう、そして『盗もう』とする気持ちがない
のです!

 

カッコだけの生き方より、もっとドロ臭い生き方が本物ではないでしょうか!?

ハスはきれいな花を咲かせますが泥沼で咲くのですね!?

 

ありがとうございました。

 

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2019 / 05 / 03  11:31

新人ビジネス・リーダーいろは講;第9話:『理想』

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~弘法大師が詠んだ「いろは歌」を使ってビジネス社会で多くの成功体験を積むために~

 

「理想を持つ」「理想を追う」ということばを良く使いますね。

 

『理想』ってどんなものか考えてみましょうか。

まず、『理想』の「理」の部分ですね。
「理」は「ことわり」と読むのですね!?
意味は百科事典で調べてみれば分るんでしょうけれど、あえて私が感じているままに説明
してみます。

 

「理」には、【発端・原因】がなければならないのです。
そして、その【発端・原因】から色々なことが起こり、【過程】を踏んで【結果】に結び
ついてゆく一連のことが、きちんと理解され他の人に説明することができるとき「理を知
っている」というのです。

 

だから説明を受ける人が、その「理」が解るとき「理解する」といいますよね!?

「理に長ける」という言葉も、何かの【現象】を突き詰めてゆき、その【原因】を発見
する能力をもっていることをいうのです。

 

さて、次に『理想』の「想」の部分ですね。
「想」という字を良く見てみますと「相手に心を合わして」いますよね!?
もしくは、「心が相手から押し潰されそうになっているのを必死にこらえている」ように
も見えますね。

「想う」というのは、まず、「自分のたった今の心を相手に伝えようとすること!」なの
です。

人はいつも何かを考え、感じていますね!?
それを人に伝えることができれば、もしかすると伝わった人から援助・支援を受けたり、
手伝ってもらったり、ある人を紹介してもらったりすることができるのではないでしょうか!?

人は何かを想う時、さきほどのように誰かにそのことを伝えることをします。そのとき
思いもよらず、周囲の人々から妨害を受け、邪魔されることもあるのです。
「そんなことやったって!」
「何を考えているんでしょう。バっカみたいな!」
などと言われたりするのですね・・・。

この一言で潰れてしまう人が多いようですが、「想」という字をもう一度良く見てみます
と、「自分の今の心が押し潰されそうになっても必死でこらえるんだよ!」ということを
教えてくれます。

 

さあ、どうでしょう。
『理想』ということばを、まとめて考えてみましょう。

 

『理想』とは、心に、「すばらしい自分のあるべき姿」をしっかりとイメージし、そうな
るためのこれからの「確実なシナリオ」をつくり、それを「正しく持ち続け」、周囲の人
に理解してもらえるように「シッカリと説明し続け」、「多くの人から協力を得る」こと!

 

そして、そのイメージを実現するために「周囲の雑念に惑わされることなく」、一歩一歩
「確実に夢を実現して行く姿」と定義してみてはどうでしょうか!?

『理想』を実現するための手段は、結局のところ「最後までやる!」ためのあらゆる手だ
てのことであろうと思うのです。

 

このあらゆることに立ち向かうというか、挫けずにやってゆくための原動力になるのが、
「大きな夢と確固たる信念」ということになります。

また、いずれこの『いろは考』で『信念』のお話をしたいのですが、「想」と信念の「念」
とをくっつけますと『想念』という言葉になります。
「今の心を想い続ける」ことなのです。

 

『理想』をしっかり持ち、多くの人に十分理解していただけるまでその理由と実現方法を
確立し、『想念』しつづけますと『奇跡』が起こると言われています。
「神や仏に、これからやろうとする正しい想いを祈り続けることによって、神仏の加護が
得られる」といったことを多くの成功した人々が体験されております。

 

かく言う私も実際に、そのような体験をいっぱいしております。
このような体験をしますと本当に自信が身につくようになります。

 

そして、その自信が次の「夢」『理想』を実現する励みに成って行きます。

とりもなおさず、『理想』は「自分自身の人生観そのもの」になるようです。
自分の人生が何のためにあるのか、自分は何で燃焼しつくすのか、限られたタッタ1回限
りの人生、いっぱいやりたいこと、やらねば成らないことを紙に書出してみて下さい。

 

『理想』は、自分を正しい方向に導いてくれる唯一絶対のものだと思います。
いろいろな宗教のお経や教典よりも本当は大切なものに違いありません。

 

 

ありがとうございました。

 

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2019 / 05 / 03  11:29

新人ビジネス・リーダーいろは講;第8話:『知識と知恵』

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 ~弘法大師が詠んだ「いろは歌」を使ってビジネス社会で多くの成功体験を積むために~

 

「知識」と「智恵」とは違うのですね!?

 

 私の行っている新入社員研修・訓練を経験した人ならご理解されます。
「社会人への洗礼」なんて言って、かなりショッキングな教育・訓練をします。

 

「知る」「わかる」と「出来る」「出来た」はまったく違うのですね。
学校では99パーセント「知る」「わかる」で点数がつけられ順位がついてきたのです。

記憶力や計算力を基準に「良い子」「悪い子」がだいたい決定されてくるのですから、
・・・これは危険ですね!?

 

人間の能力はおおよそ140個ほどに分けることができるそうです。
しかし計測・測定できる可能な能力はたったの70個ほどだそうです。

「人の心を読んだり、先のことが予知できたり、スマイルを継続できるこころもち」など
は到底測ることなどできませんよね!?

 

「知識」というのはほとんど記憶力なんですね。

「知る」「わかる」の部分なんですね?ですから、多くの本を読んだり、人の話を聴いたり、

テレビや映画を観ることなどで、どんどん知識は増えてきます。

 

この世の中は何事においても差がつく、差がつけられるのだということは当たり前なので
すね!?

 

ここに「カラス」と「カモメ」を連れてきます。
ほとんどの人は無意識に「カモメ」はかわいいとか「好きだ」とかいいます。

 

「カラス」には申し訳ないのですが、大多数の人が「嫌やだ」と発言します。
なぜと言われて、理屈で説明できる人はそんなにいないのです。

 

でも、マスコミに時たま取り上げられるカラスで「利巧なカラス」がいますよね?
そのカラスは、ほほ笑ましい動作をしたりするからなのです!
最近の動物園ではいろいろな動物が調教されて物見にされていますが・・・、さすがに
カラスが飼育されたり、調教されたりはないです(^^;

 

なにが言いたいかって?
どんな見栄え・外見でも「好まれる特徴」を持つ知恵があると、いいのだということなの
です。

 

少し話がそれます。
人は「感じる」から動くのです!
辞書に「理動」と言う言葉がないのは「人は理屈では動かないんだ!」という証拠なのです。

どんなに理由や理屈をつけても、結局は納得と感じたからこそ気持ちよく一所懸命に人は
頑張るのです!

 

とにかく人は無意識に「奇麗な人」とか「感じのいい人」とかを感じるのです。
それは別名「差別」なのです。

 

「差別・差別」と叫んでいる人だって、食べるもの着るものを選んでいるはずです。
それだって「差別」をしていることなのです!

すなわち、人は皆んな比較する対象があると優劣をつけるのです!
とりもなおさず差をつけているのです!

 

だから、世の中に競争が発生します。

この競争によって、今までの発明や発見を人間にさせてきたのです。
品物の品質が良くなったり、サービスが良くなったり、おいしくなったり、使い勝手が

良くなったりするのはみんな競争のおかげだといっても過言ではないと思います。

 

「発明」や「発見」、「勇気」や「努力」はすべて『智恵』が発揮できたからなのです。
そして、これらの後押しをしているのは「人さまに喜んでいただこうとする心」のように
思います。

 

人から賞賛されたいという心も「正常な智恵」なのです!
全部、「智恵の源泉」なのです。

 

この必要な「智恵の出方」は、多くの過去からの先人・先達が発見・発明した原理・原則、
定石、経験則などの「知識」の量によって差がでてくるのですね!?

やっぱり「智恵のある人」は「多くの知識」を体系的に持っているようなのです!

 

でもご安心あれ! 
この「多くの知識」のこれまたほとんどは社会人になってから持ち合せるのです。

 

人は、多くの難題にぶつかったとき、その時その時に「智恵」が必要となってきます。
そんな場面に出くわすと「問題意識」が芽生えます。
この「問題意識」が、積極的に多くの「知識」を得ようとするようになります。

そして「意識の深まり」と「知識の蓄積量」がある点に達しますと(これを専門的に臨界
点、もしくは閾値と呼ぶそうです)周りの人々もビックリするくらいのことをしはじめた
り、新しいやりかたを発見したりするようになります。
もちろんヘコタレたりもしなくなります。
最後までやる勇気も備ります。

 

もっとすごいことは、自分の「知らない」、「できない」ことを素直に認めることができ
るようになります。
だから、「知らない」ことや「できない」ことを周囲の人の力に頼るようになれるのです!

 

また自分の手に追えないことがらについて「知る人」「できる人」を探しはじめるのです。
いままで以上に真剣に探しはじめるのです。

ついに、その人に出くわすんです。その人を師と仰ぐことができるのです。

 

吉川英治さんが「人皆我が師」とおっしゃっているとおりになるのです。

不思議なことに、その師は「我が子」であったり「自分の後輩・部下」であったりする
ことが多いようなのです。

 

もっとあります!
今まで見慣れてきた風景が、ものすごく奇麗に美しく見えてくるのです!
自然界がこんなにもスゴイものかと本当にびっくりするのです!
幸せいっぱいでいつも笑顔でおられるようになるのです!

「智恵のある人」は顔に顕れるようです。

 

言葉にも顕れます。

 

行動にもあらわれます。

 

「智恵のある人」はまるで何でも知っているような、何でもできるようなガッシリとした
重みと包容力を感じさせます。
セコセコしていません!
そばにいるだけで安心ですね。
少しでもいいから、そんな人に近付きたいですね!

 

ありがとうございました。

 

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2019 / 05 / 03  11:28

新人ビジネス・リーダーいろは講;第7話:『徳を積む』

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~弘法大師が詠んだ「いろは歌」を使ってビジネス社会で多くの成功体験を積むために~

 

「徳を積む」ということはどういうことでなんしょうかね?
積むということですから長年に渡って行うことには違いないでしょう!

 

昔といってもそんなに昔ではありませんが、小生はある人からこんなことを言われたこと
があります。
「50才まで収穫を求めたらダメですよ! 徳を積まずに報酬を期待することだけは
しないことですよ!」

 

最近よく頭の中に浮んでくるのです。
その方は、こんなことも言いました。
「20才台は体で汗をかいてみるんです。30才台は頭と体で汗をかくのです。
 40才台は頭で汗をかいて、後輩に体を使ってもらうのです。
 そうしたら50才台になったら実が成るのです!」

 

なんだか元NHK名物アナウンサー鈴木健二さんの本の中に書かれていることとそっくり
なのですね。

 

しかし、最後にこうも言われました。
「徳という字は、人々へん(ぎょうにんべん)に、四方八方に心を配ることなんですよ!
 気を使うのではなく、気を配ることなんですよ!」

 

私は、現在68才ですから、まだまだ生意気なことを言うべきではないと思うのですが
・・・今回はお許し下さい。

 

最近、どうも「働けど、働けど・・・我が暮し楽に成らず~(^^;」という人々に共通の
問題点を発見することがあります。

 

もちろん、この共通点が最大の原因かどうかはまだ実証はできていません。
しかし、どうも共通することがあるのです!
それは苦労の多い人は「徳を積む」ということに不慣れではないのかなぁと思うことなの
です。

 

先程の説明の通りだとしますと、
「見返りをあまりにも早く期待しすぎるため」
ということが一つ、そして、もう一つは、
「気使いは多いが、気配りが少ない」
ということが原因ではないかということに行き当たったのです。

 

たとえば、ちょっと何かができるようになったり、ちょっと実績が上がったりしますと、
すぐ評価と一緒に賃金(報酬)への反映を求める人が意外と多いのですね!?

 

ところが、そういう人ほどうまくいかないことがあると人のせいにしたり、言い訳、弁解
・弁明が多いのですね!
だから、このような人は「人一倍失敗」を恐れますね。
いつも、『誰かから、何か言われはしないか?』と周囲に気を使っているのですね。
恐らく、一日が終わったら精神的にグッタリと疲れているんではないかと思います。

 

また、彼等は他人のほんの些細な言葉に対して好意を持ってその意味を受け取ることが
苦手ですね。
チョットした言葉が「私のこと、このように悪く見ている!」と勝手に解釈してしまうの
です。

 

私は、自慢ではないですがカン(感・勘)がいいものですから、・・・そのようなタイプ
の人(『徳』を積んでいない、積めない人)を一目見て発見することができます。

どんな人かといいますと。

 

まず「挨拶」がまともにできませんね!
「人の目を見ること」ができないですね!

 

そして、先手で挨拶することを苦手にしますね!
「挨拶」という本当の意味は『心を開いて相手に迫る』のだそうです。
人の輪に入れない人は、自分から近付いていこうとしませんね。

 

つぎに「どうせ・・・」とか、「なるようにしかならいさ・・・」、「でも・・・」が口癖
であったり、人の不幸や失敗が自分にとって最も快感であるような振舞をしますね(^^;

 

また、面白いほど「完全」とか「絶対」とか、「もう一分一秒も無駄にできない!」とか、
ひたすら自身が頑張っているんだという表現・言葉を多用します。

 

もう一つ、何をやらせても・・・肩でハァハァ息をする仕草で、自身の大変さを強調しよ
うとする。

 

この程度でと思われる課題をやらせて上手くいっても「もう死ぬほど大変だったぁ~!」
なんて風な言動をとります。
たぶん、自分の同類が見つけてそれを歓迎したいからなんでしょうね!?

 

せっかく多くの能力がありながら、その「伝家の宝刀」をいつもチラツカせてばかり、
人を寄せつけない人が多くいます。

 

もちろん、人が寄ってこない、評価しないのですから・・・自分の器に「人が」、「お金
が」、「物が」入ってこないのです!

 

『器の大きい』『器の小さい』という言葉は簡単に理解できます。

逆に『徳』を積んでいる人の共通するところはといいますと、まず『感謝』しますね!?
ちょっとした出来事にも『感動』しますね!?
周囲の人々のお陰様を心から感謝しますね!?

 

そして、口癖は「ハイっ、よろこんで!」が圧倒的に多いですね!?

また周囲の誰に対しても遠慮なく、
「うれしかったこと」
「有り難いこと」
「うまくいったこと」
を伝えようとしますね!

 

もちろん、ダメな人には残念ながら自慢話に聞こえてしまうのですけれど・・・。

それから人の過ちを大きな心で許すことができる『寛容』さが、『徳のある人』は持って
いますね!?

 

『慈悲深い』と言ってもいいでしょう。

自分が来た道は、子供や後輩も同じように歩んでゆくのです!
先輩や年配の人達と同じ道をこれからも歩んでゆくのですから、また同じことを自分も
するかもしれませんね!?

 

『子供叱るな来た道じゃもの、年寄り笑うな行く道じゃもの』

 

ありがとうございました。

 

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2019 / 05 / 03  11:26

新人ビジネス・リーダーいろは講;第6話;『変化する』

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~弘法大師が詠んだ「いろは歌」を使ってビジネス社会で多くの成功体験を積むために~

 

変化するということについてお話します。

 

私たち人間の変化ということについて考えてみたいと思います。

一般的に私たちは結婚すると愛の結晶として子供を得ます。
その子供の変化を観てゆきましょう。
まず、「オギャァー」と赤ん坊が産れてからです。

赤ん坊の生まれたての姿は実にお猿さんそっくりですね(^^;

 

しかし、お祝いに駆け付けてくれる人は、
「まぁ、お父様に似て可愛らしいこと~(^o^)」などとお世辞を言ってくれるのですね・・・。
不思議と「お母様に似てうんぬん」のお世辞は少ないですね!?
最初の赤ん坊ができたときと結婚式の時だけは、ほとんどどんな人でも最大のお世辞を言ってくれます!

ちょっと脱線しました。

 

生まれたばかりの赤ん坊を見たとき、いささかこれからうまく育ててゆくために不安を覚えるものです。
 (さだまさしさんの親父の一番長い日という歌詞にも・・・)
しかし心配した赤ん坊も毎日・毎日、顔かたちが変ってきます。

 

だんだん、自分たちに本当に似てきます(たまには、本当にもっと心配になってくる人もいますが・・・)。

赤ちゃんの目が開きますと、赤ん坊はいろんなところを見るようになります。
こっちと視線が合ったりしようものなら、私たちは一所懸命になって話しかけたり、あやしたりしますよね!?
そして、バブバブ言いはじめ、手をあっちに動かしたり、こっちに持って来たりするうちにハイハイが始ります。
そのうち、おでこをタンスにぶつけたり、縁側から落っこちたりしながらついには立ち上がります。

 

たった1年でものすごい変化をしますね!?
そのあと、徐々にお話もできるようになってきます。同時に、行動半径もどんどん広くなってきます。

 

3才までに、それはそれはすごいスピードで変化成長してゆきます。

私たちは、この時期のことを「目が離せない」と言った表現を使います。
この言葉は心底から親が子に使う愛情の表現ですよね!?

「人間というのは生まれてから3才までで親孝行を終えている」といわれます。

 

残念ながら私たちは、どうも子供が大きくなってから親孝行するものだと勝手に決めてしまうようです。
本当の親孝行は愛情を持って接する気持ちを教えてくれることであり、その最もすばらしい言動が赤ん坊時代で

はないでしょうか?

 

その後の子供の成長の姿は、親にとっては付録みたいなものです。
親のエゴで子供に過大な期待や孝行の押し付けをしているだけではないでしょうか?
ハタで見ていますときれいなものではありませんよね!?

 

子供は徐々に大人へと成長して行きます。

この過程において、子供は肉体的にも精神的にも色々と変化して行きます。
女の子などは肉体的変化がハッキリ表れてくる時期がありますね。
小生にも、すでに孫を持つ娘がいますから実感としてわかるのですが、本当に父親などは目のやり場を

なくしますよね(^^;

 

短時間・短期間のうちに変化がありますと私たちは確実にそのことに注視・注目します。
これは人間に限ったことではなく、すべての動物は動くもの、変化することに注視・注目する神経が

あるはずなのです!

『変化は他を注視・注目させる』ということを良く理解しておくことが大切です!

 

その変化は『プラスの変化』であるべきです。
ちょうど私たちが赤ん坊のときにやっていた変化のようにです。
このような『プラスの変化』は周囲の人から愛しく思われます。

 

私たちは他人を愛しく感じる時、無視できません。
不思議と私たちは、そんなプラスの変化をする人が喜ぶことをいろいろとしてあげたくなりますよね!?

いつも幸せな笑顔で過ごしている人のそばにいますと、ほっとしますよね!? 本当にホンワカ暖かいものです。

 

ここが重要です!
幸せな人は、いろいろな人の力を借りることが素直にできます。
それ以上に他人が放っておかないものです。
それは、その人が愛されるからではないでしょうか!?
そして、その理由はいつも『プラスの変化』をしつつ、なおかつ他人の『プラスの変化』を手助けするのために

尽くしているからです。

 

『マイナスの変化』は多くの人を遠ざけます。
 近付く人は例外なく同類で、お互い傷のなめ合うことで、「誰が悪い!」「誰々のせいだ!」「社会が悪い!」

「先生が悪い!」「上司、会社が悪い!」、はたまた「親が悪い(^^;」・・・・こんなことに時間を費やし、

生産性のある時間をつくることがないようです。

 

『プラスの変化』は世の中を高い位置から、広く深くハッキリと見せてくれます。
いつも自分はどのように変化しているか見つめてみるのがいいのではないでしょうか?
なんか、・・・つまらない、・・・ボヤーッとした、・・・マンネリズムな毎日になってしまっていると感じるなら、

いま自分は『変化』をしているのだろうか? と自問自答してみるのも大切です!

 

ありがとうございました。

 

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2019.08.22 Thursday