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2019 / 05 / 03  11:24

新人ビジネス・リーダーいろは講;第5話;『誇り』

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~弘法大師が詠んだ「いろは歌」を使ってビジネス社会で多くの成功体験を積むために~

 

『誇れる人生』というのがあるように思うんです。
もちろん、自分に対して誇るというのは何か変ですよね。

『誇れる』という言葉を使う場合は、本来、自分のしていることが自分以外の人との違い
があるからなんですね。

 

「これでも誇りをもっているんだ!」と強がりで言う人がいますが、ご承知のようにそれ
はただの「負け犬発言」なのですね。

 

『エバル(威張る)人』は、残念ながらずいぶんと私たちの周囲にいますね。
ちょっと、偉くなったり、お金持ちになったりすると偉そうにする人がいます。政治家や
役人、成金に多いですよね。

 

『誇れる』ことと『エバル』こととはまったく違います。

 

さて、皆さん、一度落ち着いて自分の事、自分の周りのことを見渡してみましょう。
そして、人に『誇れる』ことをありったけ列挙して紙に書出してみましょう。
自分自身のことですから、人に見せるわけでありません。思い切って書いてみて下さい。
でも、注意して頂きたいことがあります。

 

『自慢』することももちろん『誇れる』ことに外ならないのですが度を越しますと、それ
はやっぱり『エバル』ことになってしまいます。

 

いかがですか、どれくらい出ましたでしょうか?
「いや、そんなこと言ったて出ませんよ~! また、なにも誇る必要なんか無いじゃあり
ませんか! それこそエバッてどうなるんですか!?」
などと反発する人がいるんですよね。

 

まぁ、もちろん私のひとりよがりな考え方かもしれませんので強要はしませんがねぇ~(^^;

 

私はいつもみなさんに、『人生は1回キリだ』と言っております。
私たちは、本当に何をしに生まれてきたのでしょう?
何をするために活かされているんでしょう?

 

どうも私は、「何かの理由」があって生まれてきたんだと考えるんです。それはほとんど
確信のように思っております。

 

私を育ててくれた、・・・くれている・・・すべての(例外なしに)人生の諸先輩は『生
まれてきたことに理由、意義がある』とおっしゃいます。
難しいことを言いますと、私の多くの師は、それを『輪廻(りんね)』だとおっしゃるん
です。

 

『輪廻』とは仏教の用語なのですが、私たちは竜巻きのように「人間界」と「仏界」を
行きつ帰りつしながら、繰り返し繰り返し必ず良い方向に生成発展しているのだそうです。

残念ながら、「人間界」と「畜生界」を輪廻する人もいるそうです。
「仏」というのは悟った人のこと、「畜生」というのはもがき苦しんでいる人のことです。

「人間界」においては、「仏界」から来ようとも「畜生界」から来ようとも『人生』すな
わち「人間の一生」は、ただただ修業らしいのです。その修業をするために与えられる
時間が『人生』なんだと考えるわけです。

 

どうも、仏教を押しつけようとしているなと感じられるでしょうね!?
ご承知のように『人生』の意義を考えることを「哲学」といいます。

「哲学」と「宗教」は全く同じなんです!
超一流の科学者の行き着くところは「哲学」「宗教」ですね。
たとえば、ノーベル賞を日本で最初に獲った湯川秀樹博士がこんなことをおっしゃていま
すね。
 「現実は痛切である。あらゆる甘さが排斥される。  
  現実は予想できぬ豹変(空)をする。あらゆる平衡は早晩打破される。
  現実は複雑である。あらゆる早合点は禁物である。
  それにもかかわらず、現実はその根底において常に簡単な法則に 従って動いているので
  ある。達人のみが、それを洞察する」

 

「修行のための人生」を有効に使うと『輪廻』のサイクルでは1ランク上がるようです。
 誰がそんなこと決めるのか?・・・って。

 

たぶん、自分を造ってくれた誰かだと思うんですが・・・。
特に「人間界」と「畜生界」を輪廻している者にとっては、その人生の行いのなかで評価
できる修業を成し遂げた場合、今度は「仏界」との往復に変るらしいのです。

 

ちょっと変な話をしてしまいました。
私は「本当に『誇れる』ということは、自分の人生を何のために使うかハッキリと認識し
ていることだと思っています。

 

その『何のために』ということの「何」に入れるべき言葉を知っていること、そのための
努力を確実にやっていることが『誇り』だと思うのです。

生意気なようですが、私の『何』には『人』を入れるようにしております。

 

もう少し具体的に入れるとしますと『人を育てる、人を活かすために』となります。

ほとんどの生き物は、子孫繁栄のために子供を造ります。
自然現象で「あら、出来ちゃった」という人もありましょうが、子供を持つことこそ『人
を育てる格好のチャンスを与えられている』ことに外なりません。もちろん誠に残念なこ
とですが、お子様に恵まれない方もおいでです。

 

社会人になれば、組織の中で部下や後輩を持つようになります。
部下や後輩のこれからのために、いままで自分が培ってきたことを伝えてゆく、教えてゆ
くことは絶対に誇っていいことですね。

 

自然界が、人間社会がより「豊かに」「幸せに」なるための発明をすること、もっとうま
くいくよういろいろな工夫をし、より効率よく、より能率良くなる仕組みを考えることも世のため人のため」ですよね!?
観戦・観賞に来た人たちに感動を与えるスポーツや観劇・観賞にきた聴衆を楽しくさせる
演劇や音楽も「世のため人のため」になりますよね!?
絵画や彫刻、小説や詩も全部同じですね。掃除、洗濯、清掃すること、美味しい食べ物を
つくること、家を建てたり、道路や橋を造ったりすること、病気の人を治したり・・・、もう一つ一つ数え上げたら切りがないくらい「世のため人のため」になることはあります。

 

今これから、自分が「世のため人のため」になる意義を見出し、それを一所懸命やって行
こうと自覚することを私は「職業観」と呼んでおります。そのことがとりもなおさず『誇
り』をもつことなのですね。

 

企業組織には同じように計り知れない多くのやらねばならないことがあり、それは時と共
に確実に増え続けてゆきます。その一つ一つの課題・仕事には、その意義・目的が必ずあ
るわけです。
ですから、与えられるすべての仕事はどれも優劣をつけることができないくらい重要なの
ですね。

 

「働く」という言葉は、「ハタ(周囲の人々)を楽にさせること」なのです。
今、自分のやっていることがやっぱり間違いなく「世のため人のため」であるわけです。
どれもこれも、考え方・感じ方によって「辛かったり・苦しかったり」しますが、修行な
んだ、そして、自分の行為によって多くの人々に喜んでもらえるんだと考え、一本筋を貫
いてみてはいかがでしょう?

 

「辛」のてっぺんの点に「一」を入れてみてください。
「幸」という字に変わったでしょう?!
こうなれば自分の人生『誇れる』でしょう!?

 

ついでなんですが、成長のための痛みを持つことを「ペイン・オブ・グロウス」と言うの
です。

 

そうなのです!

 

生けとし活きるもの皆んな、ほとんど平等にその一生に課題・チャンスを与えられるんです。
それは「誇って」もいいものばかりなのですね!

「なんだ、人生ってつまらないなぁ!大変なんだ!」とおっしゃらないで下さい。
修業中にだって休憩もあれば、リクレーションだってやっていいのですよ。
飲んだって、歌ったっていいのですよ。
ちゃんと息抜きをさせてくれる時間をいっぱい与えられているのです。
それは間違いないでしょう?
ただ遊ぶだけでは『誇れない』ですけれどね。

 

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2019 / 05 / 03  11:20

新人ビジネス・リーダーいろは講;第4話;『人間』

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 ~弘法大師が詠んだ「いろは歌」を使ってビジネス社会で多くの成功体験を積むために~

 

 

今日は、3月11日;東日本大震災の起こった日です。畏敬と鎮魂の一日とします。

『人間』というのを考えてみましょう。

もちろん、私が『人間』を大上段に論じる資格があるわけありません。
私のような若輩者がああだ! こうだ! と生意気なことをいうことは本来憚らなくては
なりません。

でも少しだけ偉そうなことを話させて下さい。

 『人間』というタイトルでお話をすると、なんだか学校で『倫理』や『道徳』の勉強を
するような言い方ですがチョッとご辛抱下さい。

『人間』とは「人の間」と書くのですから、ただの人のことを考えるという訳にはいきま
せんね!?
私とあなたがいるとしますと必ず私とあなたとの「間」がありますよね!?
もちろん、その「間」に存在するのは、たとえば空気です。
でも、それだけではないような気がするでしょう? 

なにかあるようですよね!?

私は、その「人の間」にあるものこそ『人と人に対する心』じゃないかという気がするの
です。

その『人と人に対する心』を考えてゆく上で、『人間』ということを考えてゆくのが最も

大切なことだと思うのです。

私たちは、テレビ、ラジオ、演劇などを見て、そして雑誌や小説などを読んで感動するこ
とがいっぱいありますね!?

自然界の雄大さに感動したりもしますが、人と人との『心』のふれ合いを描いた作品には
実に多くの感動を与えるものがあります。
それほど、人と私の間にある何かが感動を与えてくれるのです。 

もちろん、その逆もあります!
不快に思わせるものもあります。
でも、ここは感動だけに絞って考えてゆきたいと思います。

さて、私たちが人の言動から感動した経験を思い起こしてみますと、ひとつには「優しく
された」ということがあるのではないでしょうか。

次に高校野球などで優勝したチームの選手や監督・コーチ、そして応援している学校の
関係者がうれし涙を流しているあの姿に一緒になって感激、感動することは良くあります
よね。

そして最も身近なことですと、自分の努力が実り、成功したときも感動しますよね。

私がお手伝いする研修の中に『人生設計セミナー』なるものがあります。

そのカリキュラムの中に『私の理想的な2日間』というのがあります。
IMC管理者研修を受講された方ならご存じです。
「もしあなたの命があと余すところ2日間(48時間)であったら(もちろん仮にです)、
残された48時間をどのように使うか?」という課題に対して作文を作っていただくもの
です。

もちろん自分の人生設計をそれなりに設計し、これからこうして行こうということが見え
始めた人にだけやっていただく課題です。

ほとんどの人が自身の作文で、この2日間を自分勝手に刹那的(せつなてき:一時の事だ
けに快楽を求める)に生きようとはしません!
いつも彼らの作文を読ませていただきますと本当に嬉しくなるのです。
99%以上の人がこの2日間を、いままでお世話になった人に対して感謝するための時間
に費やしたり、いままで苦労をかけた人や心配、迷惑をかけた人へのお詫びのための時間
に使おうとされます。
作文を読ませていただいてるうちにホロッと涙してしまうことが多々あります。

私は、この課題に取組む人がほんとうに『人間』を感じているんだなと思います。
決して、一人ではないんだなぁと改めて感じ入りますね。

『人間』は、お互いに支え合っている関係だなと思います。

ご存じのように『人』という字は互に支え合っている、つっかえ棒になっている姿ですね。

社会や会社の組織は色々な人がいて、お互いに支え合っている。
なんでもかんでも自分がやるなんていう仕事はひとつとしてありません。
多くの人から助けられて、助け合いながら皆んな仕事をこなしてゆけるんじゃないでしょ
うか!?

家に帰れば、家族が支え合っている。
遊びの世界でも人の力によって楽しむことが出来る。

「世の中、決して一人じゃないんだ」ということが理解できますと何に対しても『感謝』
しないわけにいきませんよ!

こうして私がこのブログを書かせていただいているのだって、「ブログ」というものがが
この世に存在しているからなのです!

このブログを作成し、ホームページにアップするのには、コンピューターやアプリケーシ
ョン、インターネットを構築している数え切れないプロバイダー、ネットワーク技術など
などを開発してきたものすごい数の先人・先達や、たった今、それらに携わっている技術
者の皆さんのお陰があってこそなのです!

自らの「人生設計」をたててみますと、『人間』っていうのが観えてくるのです。
私は多くの『人間』を観る仲間と生きています。

多くの企業でお手伝いさせていただく研修は、全部この辺が中心になっています。
機会がありましたら、ぜひ、ご一緒に勉強しませんか!

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2019 / 05 / 03  11:14

新人ビジネス・リーダーいろは講;第3話;『波動』

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~弘法大師が詠んだ「いろは歌」を使ってビジネス社会で多くの成功体験を積むために~

 

『波動』ってことばをご存じですか?

 

静かな池や風呂場の水に石なんかを投込みますとポチャンと音がしてから丸い円がいく
重にもなって広がっていきますよね。

 

私たちはこれを波って言っておりますよね。
物理の世界では波の動く様を『波動』といいます。

波が動くということは、波の行く方向にエネルギーが働いているからなのですね!?
大海原の波だって陸に向って海水のエネルギーが働いているのです。
台風のときなどはものすごいエネルギーだろうということは充分に理解できます。

 

先日、東日本大震災が起こった3・11が丸7周年を迎えました。
あの地震による被害よりも、大津波によって甚大な被害が出たことは記憶に新しいです
ね!?

 

あの大津波もまさに巨大な、強力な波動です。
あの大津波が大きな岩をも砕き、ビルほどもある大きな船を陸に乗り上げさせ、建物をあ
れほどまでに恐ろしく破壊し、島や海岸線にある防波堤などあっという間に変化させまし
た。

 

もちろん、川の水の流れも同じように大石を削り、大地の地形を変えて行きますよね。
水の力というより、実はエネルギーがそうさせるのですよね。

 

エネルギーを一定の方向に与え続けていきますと本当にすごいことが起るのです!

『イ、ロの巻』でお話ししました「人生設計」とは、私たちの持っているエネルギーを
一定の方向に効率良く、集中していくための「方便」「羅針盤」だと思うのです。

 

自分の人生をどのように持って行くのか、どんな人生にしたいのかハッキリと分っている
人は、今自分の持っているエネルギーのほとんどを「進むべき方向」のために使って行こ
うと考えます。

 

なぜなら、エネルギーには限りがあると考えるからなのです!

もしかすると神様や仏様は、一人一人の人生に対して同じ長さの同じ量目のロウソクを
与えて下さっているかも知れません。

 

若い人はもうご存じないでしょうけれど鶴田浩二さんという大俳優が歌った歌じゃないん
ですが、「右も左も真っ暗闇な中」をどこかに向って歩いて行くためには灯りが必要です
ね!?

今では、懐中電灯がありますが、昔は提灯の中にロウソクを灯していました。

ロウソクは光を発するエネルギーなのです。
足元を照すための限りあるロウソクだとすると、あっちに行ったりこっちに行ったり定ま
らない行動をしていては無駄ですよね!?

 

さて私の人生の進むべき方向が定まったら、エネルギーをその方向に投じて行きましょう。
私たちの持っているエネルギーはロウソクのようなものだけではありません。

「心のエネルギー」というのがあるように思えてなりません。

 

エネルギーは、何かに使わなくては意味がありません。
もちろん歩いたり走ったり、重いものを持上げたりするためのエネルギーも必要ですが、
私は「心のエネルギー」の使い方が最も大切だと考えております。

 

心のエネルギーを何かに向けていくことを『念波を送る』と言いましょう。
また、想い続けていることを『想念』ともいいますね。

『念波を送る』方向とその強さを『心の波動』って言ってみたいと思います。

 

実は私の知っている、経験してきた、出会ってきた限りにおいてをお話ししますと、
私は「成功者」と呼ばれる人達には一様に、万に一つの例外もなく、彼等から『波動』を
感じます。

 

いつも不思議に思うのですが、皆さんはいかがでしょうか?
そんな人たちにどれくらい出会っておりますか?

成功する人は例外なく『最後まで諦めない』で目標に向かってやり続けます。
そして実はここが大切なのです!

 

彼らは、その途中において多くの協力者に出会っています。

『波動』は、その『波長』に合う人々を一緒に乗せていくようですね!?
ちょうど上手なサーファーが波に乗るようにですね・・・。
ところが逆にいつも苦労が多くて不平・不満を持っているような人は『成功者』の波動を
不快に感じるようですね(^^;

 

私は、これを『悪魔の仕業』と思っているのです。
悪魔は『成功の波動』を嫌うのですね。
まるでゴキブリやネズミが侵入防止用の超音波撃退器を嫌うようにですね。

『良い波動』は正しい人生設計を立て誘惑などに負けないでしっかりと着実にやっている
人に備ってくるように思えます。

 

これも私の勝手な言いぐさですが、『良い波動』を持っているかどうかは、神社、仏閣、
お墓に行くとだいたい分りますね。
そこに行ったとき不快感を感じなければ『良い波動』を持っています。
不快感を感じたら、それは『悪魔の波動』に左右される、もしくは『悪魔の波長』に合っ
てしまうからでしょうね。

 

霊能者は、神社、仏閣、お墓などに悪霊など何かがいるといいます。
それはウソです!
決して怖がることはないのです。
『正しいエネルギー』の使い方さえしていれば、悪霊が貴方に取る憑くことなどありませ
ん。

 

自分の発する『波動』が、『悪魔の波動』よりも大きくしっかりした方向を示しているな
ら心配はいりません。

 

仕事においても、しっかりした仕事の意義、目的を知る人は職場でも気持のいい『波動』
を出しています。
そんな友達を多く持つように心掛けましょうよ!
そして皆でそれぞれの『波動を合算させ』立派な組織を創って行きましょう!
とりもなおさず私たちが幸せになる最良の方法のように思えるのですが。 

いかがでしょうか?


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2019 / 05 / 03  11:09

新人ビジネス・リーダーいろは講;第2話;『労働する』

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 ~弘法大師が詠んだ「いろは歌」を使ってビジネス社会で多くの成功体験を積むために~


IMCの管理者研修の一単元に『サバイバル訓練』というのがあります。
なにも匍匐前進やタンポポの根っこを食ったりする軍隊式の訓練ではありません。

 

見ず知らずのところに出かけていって、日頃やっているような仕事ではなく草取りや窓拭
きなどの仕事をさせてもらうわけです。

 

初日は「勤労奉仕」などといってお金をもらってはきませんが、2日目は実際に働いた
価値の分だけ本当にお金をもらってこなければなりません。

初日はほとんど合格ですが、2日目には1割から2割の人が不合格です。
不合格者のショボクレた姿は見るに忍びないものです。

日頃、私たちがやっている仕事・作業、これを職務といいますが、すべて「労働する」こ
とです。

 

この「労働する」とは、本当はどういう意味なのでしょうね?

よく労働者、労働運動などの言葉を新聞やテレビで見たり聞いたりすることがあります。

 

概して良い印象をもった言葉のようには聞こえませんね!?
どうやら労働運動の実態が、暗い、ジメジメしたものだったからかも知れません。
最近あまり報じられなくなりましたが3K、5Kという言葉が一時期流行りましたね!?

 

テレビなどでは、いまだに野党が集会を開いた時や労働組合などがメーダーの日に皆で「○
○で闘うぞ!」などと時代錯誤もいいところのシュプレヒコールをする光景を見ます。

 

ますます現代の若者なんかには受け入れられなくなってしまうでしょうね(^^;
平和の時代にスポーツや戦争じゃあるまいし、戦争反対、平和を唱えている左派系思想の
連中ほど「闘う」なんて言葉を平気で使う(^^;

 

今は、討論、討議、ディベートの時代ですよね!?

 

さて、「労働」という言葉をもう一度じっくり考えてみましょう。
以前、「働くとは、周りの人を楽に、楽しくさせること」だとお話しました。

 

まず【労】という字は『勞』と書くのだそうですね。
「力を使って火を熾すこと」だそうです。昔は、火が最も大切なものでしたから【労】す
ることは非常に尊いものであったはずです。

 

次に【働】という字は、
 1)人 + 動 → 人が動くこと
 2)人 + 重 + 力 → 人が重要な事に力を入れること
に分解できますね。

 

だから、「火を熾し、重要の事に全力投球し、動き回る時、労してハタを楽に、楽しくさ
せる事になる」いうように訳してみてはどうでしょう!?

 

本当に素晴らしいことだということがわかりますね。

 

私は、『労働』という字を「朗働」、「良働」と理解するようにしております。
働くことの大切さ、尊さ、素晴らしさを知れば知るほど朗らかに、楽しく働くことができ
るからです。

 

人生一回しかないのですからね!
思いっきりエンジョイする!
そのためにはハタの人達に憂いを持たせなくしてからやらないと、やはり誤解を招いたり、
怪訝に思われますね!?
そうしたら、いつ遊べるようになるの? って質問を受けそうですね。

 

実のところ私の場合は、いつも遊んでいることと働いていることの区別はつけていないん
です。

 

なぜ・・・働いていると疲れるのですかね???
遊んでいる時と同じ時間とエネルギーを使うとしたら、どちらも疲れの差はないはずです
ね!?

 

ということは疲労を感じるのは精神的なものだからなのです!
働いてハタの人に喜んでいただくことを意義あるものに感じているなら疲労は感じないも
のなのです。

「労働」をして行く価値目標は、もしかしたら上司、部下、後輩や同僚、そして家族の
人々から自分は本当に何を期待されているのかを具体的に理解することではないかと思う
のです。

 

ある人から教わった貴重な教えをご披露します。
人間の最大の幸せは、
 1)人に愛されること
 2)人から誉められること
 3)人の役にたつこと
 4)人から必要とされること
なのですよね!

 

可能な限り、常に期待を上回ることをしつづければ、誰からも喜ばれ、感謝され、そして
必要とされると思うのです。

 

期待を裏切らないことが多い人は、やっぱり、多くの人から好かれ、協力してもらえるこ
とが多いのではないでしょうか!?

 

期待を上回り続けるような生き方をすれば、人から好かれることはもとより愛されますよね!?

ちょっと仕事の実績が上がった人がいたのです。

 

仕事上においては称賛に値することには違いないのですが、はたして、ハタの人達が楽し
く、楽になったかなあと考えるとあまり感心できないのですね(^^;
上司を誹謗したり同僚の仕事のとやかくを言う。
そして「オレはこんなにやっているのに・・・」という言葉が彼には多かったようですね。

 

部下、後輩達の協力に報いるための努力やいま以上の効率化のための工夫、提案に力を
使うことを継続せず、自分の評価について差を付けてほしい、今以上の報酬をもらいたい
ということにだけの「言動」が先行したようです。

 

ご想像の通り、彼は弧軍奮闘するようになり、挙句の果てには退職を余儀なくされました。

大変生意気なことをいいますと、中途半端に頭のいい人、仕事がこなせる人に『労働価値
観の勘違い』をする人が多いです!

 

人生設計の柱に「労働」の意義を入れてくださいね。

 

私は、皆さんが「一所懸命」に「労働」している姿を多く見せていただきます。
本当に美しいものです。
 人間、「一所懸命」やっている姿に出会うと不思議と幸せな気分になるものですね。

 

 

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興味のある方は塾生になるにはハードルが高いですが、こちらをご覧下さい!

 

2019 / 05 / 03  10:51

新人ビジネス・リーダーいろは講;第1話;『生き甲斐』

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"弘法大師が詠んだ「いろは歌」を使ってビジネス社会で多くの成功体験を積むために"


こんにちは、藤本匡弘です。はじめまして!

 

有効求人倍率が上がっています。

 

しかし、希望と一致しないことで職を手放す人が多くいます。
自尊心にかかわることでしょうけれど、失業する辛さを最初に感じるのは収入問題では
ないでしょうか?

 

そして、「受け入れられない自分」と向きあい始める苦痛が訪れます。

ある年齢になってリストラにあい、家族にも言えず、奥さんがいつものように作ってくれ
るお弁当を公園のベンチで食べる人の切迫した悲哀は、言いあらわしようがありませんね。

これから人生云々を書くことをします。

 

大変に生意気な試みですが、小生のライフワークの一つである「成功の研究」「夢実現」
の一考をこれからシリーズでしたためたいと思っております。

 

この際、お大師様の「いろはづくり」ではありませんが、小生の思いつくままの『人生感』
を「いろはにほへと」の順で書きます。

 

この原型は東京証券取引所第1部上場企業で、ますます成長中のスーパーマーケット・
チェーン:株式会社H社の社内報に平成4年頃から、若き社員の皆さんへの先輩のメッセ
ージとして毎月連載させていただいたものです。
それを大幅に改訂しました。

 

弘法大師がおつくりになられたともいう『いろは歌』、実際には作者不明です。
柿本人麻呂説もありますが、全文と現代訳は以下の通りです。

 いろはろはにほへと ちりぬるを
  ;イロハ匂へど 散りぬるを

 わかよたれそ つねならむ
  ;わが世誰ぞ 常ならむ

 うゐのおくやま けふこえて
  ;有為の奥山 今日越えて

 あさきゆめみし ゑひもせずん
  ;浅き夢見じ 酔ひもせず

 

「最後の一考」はかなり先になります。毎週ごらんいただく方々にとっては、気の遠くな
るようなシリーズですが我慢してお読み下さい。


ビジネス人生いろは考:い;『生き甲斐』

 

『生き甲斐』ということばがあります。そして、「働きがい」「やりがい」ということば
がその後に続くようです。

 

私たちはちょっと苦しいことがありますと
「もう、参った!ヤル気をなくしちまったよ!」
などと開けなおってしまうことがあります。

 

仕事でこういうことが何度か続きますと、今度は「働く気がしなくなった」とかなります
ね。
でもよほどのことがない限り「生きる勇気もなくなった」と考える人は少ないようです。

 

人生って、よく考えてみますと「たった一回きり」なんですね。
その人生は誰が何と言おうと自分のものなんですね。
どう使おうが、どう生きてゆこうが、どんな人生にしてゆくのかは、本当は自分でしっか
りと決めなければならないんですよね。

 

繰り返すようですが、ちょっと事がうまくいかないとき、たいていの人が「運が悪い」と
かなんとか理屈をつけてしまいます。
人のせいにする人もいますが全くの勘違いですね!

『人生すべて自己責任』なんです。少年であろうが大人であろうが、みんな全部自己責任
なのです。

 

ちょっと裕福になったり、楽になったりした人は「成り上がってきた過程」があり、
どうしても自惚れることもできないから「人にやさしい振り」をすることがあります。

 

少年に係わる何かの事件が起こったら「社会の問題」にしてしまう人がいますが、果たし
て、大昔からそのことが言われ解決したことがあるのでしょうか?

気が遠くなるほど解決に時間が掛かります。自分の生きている間に極楽世界・ユートピア
ができるのでしょうか?

 

他人に依存していても決して解決になりますまい!

またうまくいかないときに、しまいには「ヤル気を亡くした」と言って開け直ってしまう
人もいます。

 

私は、「ヤル気の心を亡くす人」はみんな『忙しい人』だと思うのです。
「忙」は、読んで字のごとし「心辺に亡くす」ですよね。
余裕が無く、色々なことに気を奪われている状態です。
これから最も大切な事を、どのようにどうしてゆくか分らないことを「忙しい」というん
ですね。

心を亡くさないために、しっかり「自分の今」と「これから」を知っていなければなりま
せん。

 

それは、自分で「感じて」、「行動して」、また、「実感する」ものなんです。

 一つ一つの自ら行動した結果に対しての満足を「やりがい」というんじゃないでしょう
か?


人は「やりがい」を多く体験してゆきますと、自分のこれから進むべき方向やどのように
して他人や社会に貢献してゆこうかを必ず考え始めます。

 

仕事をしていて、「やりがいや働きがい」は他人から与えられるもの、会社がつくるもの
と勘違いしている人が多いことに私はびっくりします。
会社が「労務管理」などといって、働く人のために環境整備をすることは決して悪いこと
ではありません。

 

がしかし、そのことは必要条件にはなりえず十分条件にしかなりません。

会社は本当に「従業員を大切にする」と言うなら、もちろん「価値ある仕事を与える」と
いうことはしなければなりません。
しかし、「価値ある仕事」が与えられる本人にとって「働きがい」を感じるものになるか
どうかは疑問です。

 

実はここが重要なのです。会社は、「営利」を追求するところであり、「慈善事業」を
するところではないということも理解しておかなければなりません。

 

ですから、従業員が与えられた仕事に「価値」を見出し、「働きがい」を感じるかどうか
は実は会社の責任ではないのです!

 

これから少し難しいお話をするかもしれません。

あなたの手元にお茶碗があったりお箸がありますね。
いつかはこれらのお茶碗やお箸も割れたり折れたりして使えなくなります。
そのとき、お茶碗やお箸は役に立たずに死んでゆくと考えてみます。
そうすると誰かがお茶碗やお箸をつくったとき、それらは生まれてきたいってもいいので
す。
生まれて死ぬまでに、お茶碗やお箸にも命があるように思います。

もちろん、それらが我々人間のように考えたりはしないでしょうが、
 事実、一生を持ちます。
ほとんどのお茶碗やお箸は、その命を何に役立てるか考えてみますと、「使命」をもって
一生を生かされてゆくように思います。

 

私たちは人間ですから、自分の一生、自分の命は「何のためにあるのか?」と考えてみる
べきです。

 

このことについては、また後で詳しくお話をします。

「使命」を知ることや自分の命は「何のためにあるのか?」を知ることが間違いなく、
 『生き甲斐』になるからです。

 

自分自身の人生に「使命感」を持って努力している多くの仲間がいます。
彼らは本当にすがすがしく、いつもハツラツとしております。なにかエネルギーを発散し
ているのがありありとわかるんですね!

彼らから教えられることがいっぱいあります。
ハタから見ていると実に忙しそうで汗水垂らして頑張っている。
なんでそこまで?と感じるものですから、素直にそのことを聞きますと『生き甲斐』だな
ぁ!・・・と彼らは異口同音に言います。

 

私がいままで彼らから教えられた「尊い人生」、『生き甲斐』をこれからご紹介し続けて
ゆきたいと思います。

さあ、「意義ある人生コース」にご一緒しましょう!それはあなたにとって「ビジネス成
功方程式」になることは間違いありません。

またお会いできること楽しみにいたしております。

 

 

いわき経営コンサルタント事務所の詳細は、
http://www.imcfujimoto.net/

 

いわき市において、いわき夢実現塾を開催しております。
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2019.08.22 Thursday